学習院大学文学演習第11回

 

大地を踏む

 

まずは、先週の最後に少し触れた「土」に深く関わることとして、

ハワイ島 キラウエアの溶岩の凄まじい流れの映像ひとつ。

 

 

https://www.facebook.com/bigislandflow/videos/2107937039475297/

  

そして、ハワイ島キラウエアの溶岩台地の地を踏みしみて、火の神ペレに祈るハワイの先住の民の踊り。

 

https://youtu.be/T62_utVSLCM?t=50s

 

https://youtu.be/qbIZYLaulwY?t=45m11s

 

 

それは私たちがフラダンスと聞いて思い浮かべるような華やかなダンスなどではなく、地を鎮め、火を鎮めるための切実な祈りの踊りなのです。

 

手首、足首、額に捲きつけられた草花は神々と、すべての命とつながるための回路となるのです。

 

大きな太鼓は、空気を轟かし、地を揺るがす神の音であり、この世の命の音なのです。

 

地を踏み鳴らす音は時空を超えて、真冬の羽黒山にも飛ぶ。

祈る命たちの音は共鳴する。

 

ほら、羽黒修験の最高位の「松聖」である星野大先達が大地を踏みしめる。

反閇。

これは、一年のはじまりに、混沌の世を踏み固めるものです。それを実際に観たのは2016年から2017年への年の変わり目のときのことでした。 

https://www.dropbox.com/s/ovsmqrvylg35obn/%E7%BE%BD%E9%BB%92%E4%BF%AE%E9%A8%93%E5%8F%8D%E9%96%87.mp4?dl=0

 

 

この羽黒修験と同じように、足を踏み鳴らして踊りながらゆくのは、青森・猿賀神社の例大祭の折に参道で観た「鹿踊り」の踊り手たち。2015年の秋のことです。

 

https://www.dropbox.com/s/udwevutiup4zyt0/%E7%8C%BF%E8%B3%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E4%BE%8B%E5%A4%A7%E7%A5%AD%E3%80%80%E9%B9%BF%E8%B8%8A%E3%82%8A.mp4?dl=0

 

 

思い出す、思い出す、3.11ののちに、全てを流された人々がふたたびその土地で生きようと動きはじめたときに、それぞれの土地で、その風土が育んできた鹿踊りや神楽が人々の新たな共同体の核の一つになっていったことを。

 

映画で見た三陸の神楽の響きを思い出します。

羽黒修験によって伝えられたといわれる「黒森神楽」を思い出します。

三陸の海岸沿いを旅してまわる黒森神楽を、震災で大事なモノを流された人々が心待ちにする情景を思い出します。

 

土地と命の再生のために人々が呼び出すのが、風土の小さき神々であること、土と共に、神々と共にある物語/命の記憶であることを、私たちは強く深く思い起こさねばならない。意志をもって、思い出さねばなりません。

 

その土地に生きて、失われていった鳥獣虫魚草木、すべての命を悼む祈りは小さき神々への祈りとともにあることを、明日への意志とともに思い出さねばなりません。

 

「人類が生きてるということの基本は土にある」

「つまり土こそはカミの中のカミである」と語ったのは、詩人であり思想家である山尾三省です。

今日、ちょうど、この『アニミズムという希望』という本を読んで、この言葉に出会ったのです。

(これは先週に取り上げた『野生哲学』の管啓次郎さんがまっすぐに語っていたことでもあります)

 

既に終っている近代を越えてゆくためのよりどころ、新しいアニミズム、(同時にアナキズムでもある)は、「土」を踏みしめたところから始まるのだと、

さまざまな土地から、さまざまな人々から、おのずと声は立ち上がりつつあるようです。

 

その声は詩人たちの声であることも、とても重要。

それは、論理を越えた声こそが、はじまりを呼ぶ声であるということなのですから。

 

 

 

 

さて、ここからは学生の発表。

 

説経の「さんせう太夫」から鴎外の近代小説「山椒太夫」へ。

 

「声/語り」 から 近代国民文学へ

 

その過程で、何が変わったのか?

 

鴎外はいったい「語り」にどんな手を加えたのか?

 

鴎外は何を消し去ったのか?

 

 

声の複数性。

旅の痕跡。

文字に呪縛されない声の融通無碍な遊び。

小さき神の行方は?

etc

溝口健二『山椒大夫』 に少しばかり触れます。

 (参考資料は、『溝口健二の世界』佐藤忠男 平凡社ライブラリー)。

 

 

森鴎外『山椒大夫』を下敷きに、鴎外の明治の精神を、さらに戦後日本の精神で書き換えた

ものとして、私はこの映画は観ました。

 

つまり、『山椒太夫』の物語は、これまでと同様、今度は溝口によって乗っ取られたのだということです。

 

そして、これは、千年もの間、旅の芸能者/宗教者によってさまざまに語りつがれてきた「さんせう太夫」の歴史の中でも、最後の大作とも言えるかもしれません。

 

明治以降に誕生したいわゆる『時代劇』が、明治以前の「時代」を借りて、現在の義理人情や不条理や喜怒哀楽のなかの人間模様を描くように、(それは『水戸黄門』も『大岡越前』も『暴れん坊将軍』も似たようなもんですね)、溝口の「山椒大夫」もまた「歴史映画」の衣をまとった「現代劇」でしょう。

 

昭和の溝口は、明治の鴎外のように、「奇跡」を「山椒大夫」の物語の重要な要素にはしません。むしろ、抜き取ってしまう。

 

鴎外の「山椒大夫」がさまざまな意味で文明開化の世の「ファンタジー」であったとすれば、溝口の「山椒大夫」は、戦後日本の「実像」に寄り添う「物語」だったとも言えるかもしれません。

 

説経のようにお地蔵様の霊験も、皮籠に詰め込まれて運ばれて、足なえになって、四天王寺まで送られてゆく厨子王の旅も描かれることはない代わりに、

(近代人鴎外も、足なえ厨子王は書いていません。鴎外の厨子王は国分寺の和尚とともに自分の足で丹後から京都まで歩く)

 

溝口の厨子王は山椒大夫の荘園で奴隷として暮らすうちに、絶望ゆえか、荘園のなかでよりよく生き抜くための術なのか、より弱い者たちをいたぶる者へと変わってゆきます。「力」を恃む者へと変わりゆく。(要は奴隷根性に染まってゆくんですね。鴎外はさすがにここまでは書かなかった。だって、近代のファンタジーだから)。

 

ここには、戦争にのまれて、戦場に駆り出されて、ゆえなき殺し合いをせずにはおられなかった男たちの悲哀が描き込まれているのではないか、と思うのは、少しばかり深読みのしすぎでしょうか。

 

時代や社会にからめとられるばかりのどうしようもない男を、命がけで救う「聖少女」のような役割で安寿が美しく散ってゆくのは、美しい忍従の中に女を閉じ込めることへの違和感をけっして忘れることなく、その美しさを噛み締めるべきなのでしょう。

(その意味では、溝口の描く女性像は、戦前・戦中のみならず、戦後日本の現実に照らしてみても、ある意味リアル?)

 

聖少女安寿に心を救われ、奴隷根性から正気に返り、亡父の教えの「人間はみな平等である」を実現するために、封建社会と独り闘うことになる厨子王は、「奴隷解放など無謀、右大臣の荘園の管理者である山椒大夫にどうして手が出せようか」と諫める部下(地方の官僚)たちの声に耳を貸さず、「おまえに何ができるのか」と嘲笑する山椒太夫(中央と結託している地元の実力者)を力ずくでひっとらえ、丹後から追放し、荘園の奴隷たちを解放する。

 

そこまでやれば、やはり現実的には、丹後の国司にとどまることはできないわけで、厨子王は無位無官無名のひとりの男となって、佐渡に母を探しにゆく、という流れになるわけです。

 

民主主義の理想のために、すべてをなげうった男。

その行く末は……?

 

母を探しに訪れた佐渡は数年前に大津波に襲われ、多くの人が亡くなっているという。

その大津波とは、あの「戦争」のことを映しこんでいるのだろうか。

 

厨子王同様、大切な何もかもを奪われて、そのうえ虐げられて、老いさらばえて、汚れきったまま、海辺の小屋にひとり生きる盲目の老母を、ついに厨子王は探し当てるのでありますが、

厨子王がへめぐる佐渡は、まるで敗戦直後の社会の縮図のようでした。

母を探す厨子王とはすっぱなやりとりをする佐渡の遊女たちはまるで、焼け跡の娼婦たちのようにも見えました。

 

そして、大津波ですべてが流されたという浜辺で、ようやく出会った二人が抱き合う、なにも持たない、すべてを奪われた二人が抱き合う、どうしてその光景をハッピーエンドとして観ることができましょうか。

 

未来はバラ色ではない。何色になるのか、歩きださないとわかりはしない。生き抜く明日は、生き抜いてきた昨日よりも、もっと苦難の道かもしれない。

ともかくも、何もないここから生きてゆくほかないのだ。

 

そんな戦後の心象風景の極みを、私たちはこの浜辺のシーンで観ることができるのかもしれない。

ひとつの苦難の旅(時代)がここで終り、あらたな苦難の旅(時代)がはじまる。

きっと、それでも、終った時代よりも、これから始まる時代のほうが、よりよいはずなんだ、そのためにこそすべてをなげうったのだと。

そんなことまでもが、一瞬のうちばらばらぱらと。

 

物語は、語る者が主、そして、聞く者もまた主であるゆえ、こうして溝口の「山椒大夫」もまた読みかえられてゆくというわけです。

 

ということで、以下は、ポイントとなるいくつかの場面です。

 

●安寿入水  これは映画史上に残る美しい場面。美しすぎるのが問題。 

https://youtu.be/seQRd_5Eljk?t=1h10m30s

 

 

●出世した厨子王の丹後へのお国入り。溝口の「リアリズム」志向は、丹後の国司着任早々に奴隷解放を掲げる厨子王と、現地官僚のやりとりに映し出されれる。

https://youtu.be/seQRd_5Eljk?t=1h33m6s

 

 

●丹後の守たる「厨子王」と右大臣の荘園管理人である「山椒大夫」の対決。

ここもまた、平安時代の物語としては不自然ながら、戦争の時代を経て切実に民主主義を希求する戦後日本の精神の投影として受け取るべき場面でしょう。

https://youtu.be/seQRd_5Eljk?t=1h41m51s

 

●佐渡での、すべてを失くした「厨子王」と、鳥追い女となって失明して老いさらばえた「母上」との対面。不穏な響きに包まれた未来。 

https://youtu.be/seQRd_5Eljk?t=1h54m36s

 

日本各地、あっちこっちの「山椒太夫」

人買いの現場  上越の「山椒太夫」

福島の「山椒太夫」<旅のはじまりの地 福島市弁天山・しのぶ細道>     <町じゅうが「山椒太夫」ゆかりの地・いわき市金山町>

佐渡の「山椒太夫」

丹後由良の山椒太夫

お岩木様/あんじゅが姫